序章｜僕が脱毛を決意した日
― 照射のあとに、残ったもの（メンズリゼ柏 編）―
ヒゲを撫でる癖がついたのは、いつからだったろう。
朝剃っても、昼にはもう影ができて、
夕方にはざらつく肌が、鏡の奥の自分をより疲れて見せた。
肌荒れを隠すために買ったコンシーラーは、
友人の何気ない一言で、すぐに使えなくなった。
「え、それ男でも塗るんだ？」
言葉の刃先は、無邪気なぶん鋭い。
その夜、僕は駅前のカフェで、彼と向かい合っていた。
彼は、少し笑って言った。
「メンズリゼ柏。そこに通ってたんだ、俺」
コーヒーの湯気越しに、彼の言葉が揺れる。
「悪くなかったよ。いや、正直言うと――よかった時もあった。
でも、全部が完璧だったわけじゃない。たぶん、君もそこに引っかかると思う」
僕は何も言えずにいた。
「照射漏れ、出力が弱いって言われたこともあった。
でも、誰かの手で“自分を変えよう”って決めたあの日、
それだけで、何かが動き出したんだよね」
彼の指先が、カップの縁をなぞる。
「結局さ、医療脱毛って“人”がやるものでしょ。
だからこそ、不安もあるけど、あたたかさも残るんだと思う」
僕は、彼の言葉を反芻する。
あたたかさ――
そんなものが、僕のこのヒゲと肌の奥に、残るだろうか。
その夜、家に帰って、
スマホの画面に浮かぶ「メンズリゼ柏」の予約ページを、しばらく見つめていた。
“予約を確定しますか？”
指先が、ほんの少しだけ震えた。
第一章｜彼の過去
― メンズリゼ柏に、5回通った男の話 ―
「5回コース、通い終えたのがちょうど去年の夏だったかな」
彼はそう言って、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
目の奥には、何かを思い出すような静かな揺らぎがあった。
「最初はさ、思ってたよりずっと丁寧で。
受付も清潔感があって、スタッフも優しくて。…正直、“これなら大丈夫かも”って、思えたんだ」
照射される音は、かすかな「バチッ」という響き。
皮膚の奥に染みるような熱が、彼の肌に残った。
「ただ、3回目くらいからかな…違和感、あったんだよね」
一度照射したはずの部位から、また毛が生えてきた。
しかも、まだらに。
「何かがおかしいと思って、再診してもらった。
そしたら、手の甲、足首、背中…“ここも、ここも”って。
結局、10カ所以上が再照射になったんだ」
彼は自嘲気味に笑った。
だけど、その笑いの奥に、怒りや悲しみはなかった。
「看護師さんがね、“申し訳ありません”って頭を下げてくれて。
受付も、医師も、すごく迅速に動いてくれた。
照射漏れは正直ショックだったけど、対応の誠実さには救われた」
僕は黙って聞いていた。
言葉を挟む隙はなかった。というより、挟むべきじゃない気がした。
「完璧じゃなかったよ。でもさ、俺、あの時のやり取りとか、
“また来てくださいね”って言ってくれたあの看護師の目とか、
なんだかんだで、信じたいと思えたんだよね」
そして、彼は言った。
「でもな、最近行った知り合いは言ってたよ。
“前より質が落ちた気がする”って。
人も変わるし、運もある。そこは、仕方ないのかもな」
少しだけ、コーヒーの温度が下がった気がした。
「だから、もし君が通うなら――ちゃんと“覚悟”を持って行ったほうがいい。
何もかもが期待通りにいく場所じゃない。
でも、ちゃんと向き合ってくれる人も、確かにいるから」
“覚悟”。
その言葉は、僕の胸に、小さく重く落ちた。
第二章｜初診の朝、僕は不安だった
― メンズリゼ柏の扉を開ける ―
扉の向こうにあるのは、どんな“空気”なんだろう――
そんなことを考えながら、僕は駅から歩いた。
柏の街は、いつものように人でにぎわっていたけれど、
僕の足取りは、どこかぎこちなくて。
コンビニのガラスに映る自分の表情が、少し硬かった。
メンズリゼ柏。
ビルの4階。エレベーターを降りた瞬間、
ふわっと香る消毒の匂いに、気持ちが引き締まる。
「〇〇さま、お待ちしておりました」
受付の女性が笑顔で迎えてくれる。
その笑顔に、少しだけ安心する。
けれど――
心のどこかで、彼が言っていたことがよぎる。
「説明、足りないこともあるからね。わからなかったら、ちゃんと聞くんだよ」
初診の問診票。
カウンセリングルーム。
白くて無機質な空間に、自分の悩みが並べられていくようで、少しだけ息が詰まる。
スタッフの人は丁寧だった。
けれど、どこか“テンプレート”のような言葉が続いていくのが気になった。
「こちらが5回コースの内容で、部位ごとの分け方がこちらになります。VIOとヒゲは…」
話の途中で、僕の視線は床に落ちた。
彼が言っていた、“人によって温度差がある”という感覚。
それが、少しだけわかった気がした。
「質問などあれば、何でもおっしゃってくださいね」
その一言で、心の扉をノックされたような気がして、
僕はようやく、口を開いた。
「出力って、最初から調整されるんですか？」
「ええ、痛みによって下げることもありますが、効果を見ながら調整しますね」
ふんわりとした答え。
でも、ちゃんと目を見て話してくれていた。
“ここに来てよかったかどうかは、きっと、これから決まる”
そう思って、
僕は、施術室へと足を進めた。
僕は、施術室へと足を進めた。
第三章｜照射という体験
― 僕の肌と、誰かの手と ―
小雨が降っていた。
傘を差しながら、柏の駅前を歩く。
足元が濡れるのが気になって、少し足早になった。
その建物は、街の喧騒から少し外れた場所にある。
目立ちすぎず、でも確かに存在感のある看板。
「メンズリゼ柏」
自動ドアはない。
入口の脇にある鉄の階段を、ひとつ、またひとつと上っていく。
滑らないように気をつけながら、
でもどこか――この“登る”という行為そのものが、
僕にとって象徴的なものに思えた。
受付を済ませ、呼ばれるのを待つ間、
壁のポスターに視線を向けた。
「医療脱毛で、理想の自分へ」
…ほんとうに、なれるんだろうか。
名前を呼ばれ、案内された施術室は白い空間だった。
照明の反射が眩しくて、緊張している自分が浮き彫りになるようだった。
「では、今日は上半身の照射ですね。痛みなどありましたら、遠慮なくお声かけください」
担当してくれたのは、若い男性スタッフだった。
口調はやわらかく、どこか慣れている感じがした。
照射が始まった。
最初の“バチッ”という音とともに、
焼けたような熱が、肌の奥に突き刺さる。
「少し痛いかもしれませんね、大丈夫ですか？」
僕は、声にならないまま小さくうなずいた。
…これは、想像していたよりも「痛み」だった。
それでも、その手つきは丁寧だった。
冷却ジェルを塗る手。
タオルをかけ直す仕草。
必要以上の言葉はなく、それでも、伝わってくるものがあった。
「照射って、思ったより“人”なんだよ」
あの日の彼の言葉が、ふいに蘇る。
確かにそうだ。
どんなに機械が優れていても、
それを扱うのは、たしかな人の“手”だった。
施術が終わる頃、スタッフが言った。
「次回はヒゲとVIOの照射ですね。ご不安などあればいつでもご相談ください」
僕は、なぜかその言葉に救われた気がした。
階段を降りるとき、空は少しだけ明るくなっていた。
まだ、何かが大きく変わったわけじゃない。
けれど、確かに“何か”が始まったような気がした。
第四章｜影になった「光」
― それでも、信じたかった ―
照射から数日後、僕はふと腕を見て首をかしげた。
あれ？
この部分…毛が、抜けていない。
手の甲。肩の裏。太ももの外側。
自己処理していた頃と、何も変わっていない箇所がいくつもあった。
不安が静かに膨らんでいく。
「まだ毛周期の関係かもしれないですよ」
「2～3週間くらいで抜けてきますから」
カウンセリングで聞いた言葉が頭をよぎる。
でも、これは…さすがに、違う気がする。
2週間後。
変化のなかった部位の毛は、そのまま伸び続けていた。
剃ったはずの、あの日のまま。
打ち漏れ――
その言葉が、ようやく“現実”になった。
クリニックに連絡を入れ、再照射の予約を取った。
対応は丁寧だった。早かった。
だけど、僕の中には言いようのない空洞が広がっていた。
再照射当日。
担当の看護師は真剣な眼差しで僕の肌を見て、
「ここも…ここも、ですね」と静かに呟いた。
手の甲は左右とも全照射。
お尻の下からふくらはぎまで、ほぼ全域が再照射対象だった。
「これで1回分…カウントされていたのか」と思うと、
心の奥がじわりと冷えた。
さらに、
ふくらはぎに小さな赤い腫れが複数――毛嚢炎だった。
写真撮影。診察。薬の説明。
すべてが効率的で、でも、どこか“機械的”だった。
診察した医師は、僕の肌を見ることなく、
写真だけを見て「毛嚢炎ですね」と言った。
僕は――
この場所を信じていたはずだった。
照射という“光”を受けたはずだった。
それなのに今、心に差しているのは、
やり場のない影だった。
でも、不思議だった。
看護師が薬の説明を終えたとき、
「本当にすみませんでした。また次もお待ちしております」
その言葉だけが、妙に人間らしくて、
少しだけ、僕を引き止めた。
最終章｜それでも、僕は通う
― 不完全な光でも、歩けるから ―
その日も、柏の空はどんよりと曇っていた。
階段を上る足取りは、もう以前ほど重くなかった。
少しずつ、この場所に身体が馴染んでいくのを感じていた。
受付の女性が僕を見て微笑む。
「おかえりなさい」
その言葉に、なぜか胸があたたかくなる。
――そうだ。僕は、またここに戻ってきたんだった。
最初の照射から、もう4回目になる。
毎回、違うスタッフ。違う対応。
打ち漏れの再照射、肌トラブル、説明不足、
いろいろあった。たしかに、いろいろ。
でも、それだけじゃなかった。
ある看護師さんは、タオルをかける手がとても優しかった。
別のスタッフは、痛みに耐える僕に「がんばってますよ」と静かに声をかけてくれた。
小さな言葉。短い時間。
それでも、確かに救われていた。
今日の担当者は、背の高い男性だった。
目を合わせて「よろしくお願いします」と言った瞬間、
どこかで聞いた口コミが、頭の中に蘇った。
“VIOとヒゲをやって下さったメガネの男性。
痛みを共感してくださって、褒めてくれて、照射も丁寧だった”
もしかしたら、あの人なのかもしれない。
施術が終わるころ、彼は言った。
「ヒゲ、だいぶ減ってきましたね。
このペースなら、あと少しでずいぶん変わりますよ」
その瞬間だった。
心に張っていた、細い糸のような不安が、
すっとほどける音がした気がした。
“僕は、変われているのかもしれない”
そんな実感が、ようやく、僕の中に芽生えた。
帰り道、階段を下りながら、ふと空を見上げた。
雲の切れ間から、淡い光が差し込んでいた。
それは、まるで照射のあとの静かな余韻のようだった。
完璧じゃなくていい。
不安も、痛みも、失望も経験したけれど――
それでも僕は、ここで「前に進めた」って、思える。
エピローグ｜そして今、誰かの背中を押すために
この物語は、僕が“照射された回数”のぶんだけ、
悩み、傷つき、それでも歩いた記録だ。
あなたが、もし、僕と同じように
「ヒゲに悩んでいる」としたら。
「何度剃っても消えない青さ」に、心が疲れているのだとしたら――
僕は、そっとこのリンクを渡したい。
完璧な体験じゃないかもしれない。
だけどそこには、人の手があり、言葉があり、
少しずつ変わっていく自分が、確かにいた。
そう、信じられる場所だった。
※本作は、メンズリゼ柏に寄せられた口コミを題材にしたセミフィクションとして執筆されたものです。
登場人物・描写はすべて創作であり、実際のスタッフ・施術内容・対応等とは異なる場合があります。
あくまで一つの視点としてお楽しみいただければ幸いです。